エッフェル塔とモナリザ、ソルボンヌ大学がお目当ての夫と3日間パリを歩きました。「きれいだけど緑が少ない」のが印象だったようです。
写真はノートルダムの夕映え。
スイス旅行 18 インター・ラーケン2004年09月27日(月) 20時32分
インターラーケンの街並。スイスでよく見かけたカラフルな時計塔をもつ教会の配置が全体の調和を生み出しています。
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ロンドン旅行 22004年09月27日(月) 20時34分
定番コースの観光。ケンジントンからハイドパークへ。チューブでウェストミンスターへ、セントジェームズ公園で昼食後、徒歩でバッキンガムへ。
写真は、途中で見た光景。衛兵と観光客のかわいい男の子。衛兵さんはびくともしません。 |
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エジンバラ観光 12004年10月01日(金) 10時52分
英国ではロンドン、ヨーク&ヨークシャー、エジンバラを見ました。
フェスティバルでにぎやかな(その筈)エジンバラは雨にけむっていました。それでも荘厳なエジンバラ城は、別の魅力を放っているようでした。 |
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エジンバラ観光 22004年10月01日(金) 10時56分
エジンバラ・メモリアルの周りに、アジサイが咲いていました。
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ヨーク&ヨークシャー 12004年10月01日(金) 11時11分
ヨーク、ウーズ川は豪雨のため水位が上昇しており、びっくり。
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ヨーク&ヨークシャー 22004年10月01日(金) 11時15分
それでもヨークミンスターは特別の場所でした。これが滞在中の最後の訪問となりました。
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ヨーク&ヨークシャー 32004年10月01日(金) 11時16分
イングルさんご夫妻にヨークシャーを案内してもらいました。昼食は伝統的イングリッシュ・カントリー・ホテルで。
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ヨーク&ヨークシャー 4 イングルさんとヒースの丘で2004年10月01日(金) 11時19分
私にとっての圧巻は、なんといっても長年あこがれていた一面に果てしなく広がるヒースの丘を見たこと!
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ヨーク&ヨークシャー 52004年10月01日(金) 11時20分
ヒース、ヘザー(Mr. Ingle called them.)、エリカ。よく見るとピンクから紫までのさまざまな色んの小さな花々が混じっているのでした。 |
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ヨーク&ヨークシャー 62004年10月01日(金) 11時24分 さようならヒースの丘よ。 |
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ヨーク&ヨークシャー 7 ヨーク最後の日2004年10月01日(金) 11時27分
旅行の最後の日は英国と、大学と、フラットの友達にもお別れを言うことでした。フラットのキッチンから見送ってくれた友達。ありがとう! |
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いつも見ていたヨークの風景2004年07月30日(金) 3時35分
クリフォード・ストリートの消防署前でバスを降りて、いつものルートでクーリエゲートのパンやさんへ、次にアウトドアマーケットで野菜と果物、お肉・魚を買い、最後にM&Sでハムやおいしいお菓子などを買って、たまにはウィッタミアでコーヒーや紅茶を買っていました。 途中の美しい教会も、あまり立ち止まらず見過ごしていました。サンタ・マリア教会です。質素で美しい教会です。 |
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いつも見ていたヨークの風景-22004年07月31日(土) 3時40分
パーラメントストリートに入るコーナーにある教会。本当に美しいのにまだ名前を知らないのです。調べる時間は残っているのでしょうか?
・・・All Saint’s という名前でした。 |
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いつも見ていたヨークの風景-32004年07月31日(土) 3時42分
もうひとつ、コーニーストリートのコーナーにある、いつも見ていた教会です。名前はセント・マイケル教会です。ガイドブックには、スプリー・ゲートにあると書いてありました。 |
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鉄道博物館ー12004年07月31日(土) 3時44分
イングルさんが、会うたびに「行って来るとよい」と勧めてくれたところ。最初見くびっていましたが、その魅力に降参! |
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鉄道博物館ー22004年07月31日(土) 3時46分
さすが蒸気機関発祥の地らしく、誇りをこめて展示されている、デザインも斬新な機関車の数々。 |
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鉄道博物館ー32004年07月31日(土) 3時47分
私が気に入った形のひとつです。青の流線型が美しい。 |
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鉄道博物館ー42004年07月31日(土) 3時48分
こんなデコレーションを施したものも。 |
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鉄道博物館ー52004年07月31日(土) 3時50分
日本の新幹線も、目立つようにライトをつけてがんばっていました。でも機能的にはすばらしくても、博物館の展示物としての迫力には少々欠けていたように思います。子供たちが「シンカンセン!」といっていたのは驚き、なんと表示が「ジャパニーズ・シンカンセン」でした。 |
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フラットメイトとの夕食会2004年08月02日(月) 6時40分
ジナットがアレンジしてくれて、みんなが参加してくれた楽しい夕食会でした。Nina, Jinat with Angus, Hannah, Piper and Charlottの7人で、York Spiceへいきました。おいしいカレー料理と楽しい会話で、みんなの親切が心に沁みました。 アンガスとの「大江健三郎とウィリアム・ブレイク」の話も面白く、もっと早くこの話題について話せばよかったと悔やまれます。 みんな、どうもありがとう。このフラットメメイトこそ、私の宝だったかも知れません。特にハナはやさしくて、何でも質問できました。ジナットはもちろん、勉強でも助けてもらいました。ピッパはかわいい歌声も聞かせてくれました。 みんなで撮った写真です。 |
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2016年、念願の再訪を果たしました! | |
City of York, | University of York, |
Yorkshire, again | |
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湖水地方の旅-1
2004年07月25日(日) 4時03分7月22日(木)-23日(金)、鉄道でウィンダミアへ。そこからバスを乗り継いで、7個の湖を廻ってきました。湖水の風景と花を求めて歩きました。私にとってのいいお天気(曇り時々晴れ!)と涼しい風、きれいな快適なホテルに恵まれ、残り少なくなってきたイギリスでの日々のいい思い出を作ることができました。 |
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湖水地方の旅-22004年07月25日(日) 4時14分ヤギがのんびりと動いています。背中や肩の赤や青のマークがちょっとおかしい、湖水地方の羊たちです。 |
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湖水地方の旅-32004年07月25日(日) 4時16分これこそ私の狙った写真とでもいえるでしょうか。山の方まで広がる野原と丘(ここではFellsという)、ところどころに石造りの家屋、そして青い空です。 |
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オレストヘッドの頂上で会ったメーヴィスとピーター夫妻。マディ(英国雑種のワンちゃん)も一緒に友達になりました。ウィンダミアのコーヒーショップで一緒にお茶しました。(というか、ごちそうでしてもらいました。)ピーターはインダストリアル・フォトグラファをしていたとのこと。英国では多くの夫婦が、一緒にゆったりした老後を、思い思いのスタイルで楽しんでいます。 |
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湖水地方の旅-52004年07月25日(日) 4時27分ウィンダミア湖を見下ろす丘で、メーヴィスと私。ほかに日本人女性の2人連れがいて、その人たちとはその後2日間で数回出会いました。 |
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湖水地方の旅-62004年07月27日(火) 7時13分ライダルウォーターへ向かう道で見つけた小さな湖、というより池です。 |
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湖水地方の旅-72004年07月27日(火) 7時17分アンブルサイドの教会から入ったところにある公園のそばを流れる川です。 |
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湖水地方の旅-8
2004年07月27日(火) 7時20分グラスミア湖の静かなたたずまいです。遠くの山々が陽光に輝き、すばらしい眺めでした。水鳥がそっと遊んでいました。 |
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湖水地方の旅-92004年07月27日(火) 7時23分グラスミア湖のほとりで撮影。ふと目をやると、なんとも美しい風景が。今回のベストショットのひとつです。 |
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湖水地方の旅-102004年07月27日(火) 7時26分イングランドでは、山を楽しめるのはこの湖水地方だけとか。山のもつ風景の変化、広がり、さまざまな花、鳥、湖の魅力を堪能しました。 |
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湖水地方の旅-112004年07月27日(火) 8時28分ケズウィックから歩いた、ダーウェントウォーターです。大変大きな湖で、ウィンドサーフィンを楽しむ人たちもいました。まわりには公園が広がり、ピクニックを楽しむ人たちも大勢いました。 |
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湖水地方の旅-122004年07月27日(火) 8時32分ダーウェントウォーターのそば、山側ではこんな光景が見られました。 |
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湖水地方の旅-132004年07月27日(火) 8時34分アンブルサイドとケズウィックの間にあるサーマルウォーターです。こちらはバスから眺めました。浅い湖らしく、色が緑がかっています。 |
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湖水地方の旅-142004年07月27日(火) 8時36分エルターウォーターへの入り口付近で見た石橋と石造りの家。湖水地方の典型的風景です。 |
湖水地方の旅-152004年07月27日(火) 8時39分こちらはホテルになっていて、ちょっと作りすぎの人工的な感じがしますが、美しい風景でした。 |
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湖水地方の旅-162004年07月27日(火) 8時41分同じくエルターウォーター付近で見かけた石橋とせせらぎ。水の音が音楽のようでした。 |
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湖水地方の旅-172004年07月27日(火) 8時43分なんとも懐かしいようなゆかしい風景。吾亦紅が咲いて、湖水地方は秋が早いのでしょうか。エルターウォーターへの道です。 |
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湖水地方の旅-182004年07月27日(火) 8時45分
最後に見たレイク・ウィンダミア。観光船が行き来し、どこでも見られる観光地の雰囲気です。 |
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アンブルサイドの街並み。ホテルが数10軒、銀行は3箇所、スーパーも数箇所、レストラン、ショップが並びます。
ケズウィックの中心部。こちらは交通の要所でもあり、アンブルサイドより開けた街です。
いろんな種類のアジサイが咲いていました。雨の多い湖水地方にはアジサイが似合います。
野草なのか栽培種かはわかりませんが、よく見かけました。名前は知りません。
山道に入ると羊歯が生い茂り、その間にこんな可憐な花が咲いています。
アンブルサイドで宿泊したホテルの内部です。シングルルームのはずがこんな広い部屋でした。朝食も心のこもった内容で、快適に過ごせました。Rysdale Hotel, 30 pounds。
私のスーパーバイザーのひとりだった北アイルランド出身の先生、ロジャー。
最後の論文のマークが返ってきて、ロジャーから「もしキャンパスにいたら来てください。」とメールがあったので、ご挨拶を兼ねて訪問。「よくできた」といってもらえたので、うれしい気分で帰れます。
これからのことや、イタリア旅行の話なども。私に優しくないように見えた時もあったけど、いつも気にして励ましてくれました。どうもありがとう。感謝しています。彼のおかげで、北アイルランドの人が話す英語が判別できるようにもなりました!
イタリア旅行ー12004年07月21日(水) 5時02分 ★
7月11日(日)マンチェスター空港からヴェネチアへ到着、8日間の旅が始まりました。空からヴェネチアのラグーンを見て初めてその地形を確認したような頼りない事前調査でしたが、ホテルへ着いたら何はともあれ街に出ることにしました。地図で見ると、サンタルチア駅前から出る船は、橋のない運河の向こう側から出るように見えましたが、着いてみるとなんと駅前がすぐ船着場。船でしか移動できないヴェネチアならではの交通に、「ウーン」と感動しました。
写真は、リアルト橋付近を走るWatertaxiから撮りました。 |
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イタリア旅行ー22004年07月21日(水) 5時11分
抜けるような青空とサンマルクト広場の塔が見えました。
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イタリア旅行ー32004年07月21日(水) 5時16分
ベネチア中心部から北へ船で30分、漁師町ブラノの風景。家並みの色使いがブエノス・アイレスのカミニートにあまりにもそっくりでびっくり。カミニートはイタリアからの移住者が多かったのでしょうか。
ワインにビスケットを小さくちぎって入れ、それを鍵の形をした次のビスケットで掬って食べながらティタイムを過ごしました。 遥夏ちゃんに、小さいレースのワンピースも買いました。 |
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イタリア旅行ー52004年07月21日(水) 6時35分
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イタリア旅行ー62004年07月21日(水) 6時41分
アッシジのサン・フランチェスコ教会。白壁が美しく山間の緑に映えていました。周囲の石造りの街並みも中世そのままに見えました。 |
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イタリア旅行ー72004年07月21日(水) 6時45分
アッシジでの私。教会へ入るには「袖付き、長めのズボンまたはスカート着用」の指示が出ました。このときは、2番目に仲良くなったClare & Colin夫妻と一緒で、クレアがが壁画を見ながらキリストの誕生を説明してくれました。
外に広がるのは、ウンブリアの風景です。 |
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イタリア旅行ー82004年07月21日(水) 6時49分
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イタリア旅行ー92004年07月21日(水) 6時56分
バチカン宮殿のスイス衛兵です。ミケランジェロ、デザインのコスチュームとは知りませんでした。Vatican’s 90-strong army は、観光客にもにっこりポーズしたり、リラックスして見えました。
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イタリア旅行ー102004年07月21日(水) 7時01分
バチカン宮殿前のサンピエトロ広場です。オベリスクを含む広場全体がベルニーニの作品で、「ローマは、ベルニーニのために存在する」という人もいます。今回の旅での最大の発見と喜びはたくさんのベルニーニ作品に会えたことでした。 |
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イタリア旅行ー112004年07月22日(木) 5時44分
コロセウムでは、100頭のライオンが放たれたこともあったとか。民衆の心を繋ぎとめようとした皇帝の愚かな戦略、それでも歴史は動く。
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イタリア旅行ー122004年07月22日(木) 5時50分
スペイン広場の賑わいです。噴水池の彫刻もベルニーニでした。
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イタリア旅行ー132004年07月22日(木) 5時51分
次に出てくるのはやっぱりトレヴィの泉でしょうか。思ったよりきれいだったので驚きました。 |
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2004年07月22日(木) 5時54分
人魚の彫刻が美しく足を止めました。あとでベルニーニの彫刻と知り、うれしくなりました。 |
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イタリア旅行ー152004年07月22日(木) 5時56分
ナヴォナ広場のベルニーニです。鳩がとまって動かないので肝心の顔が見えませんでした。5分待っても同じ鳩が止まったままなのであきらめました。あちら様に先住権が・・・。 |
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イタリア旅行ー162004年07月22日(木) 6時01分
ちょっと一息。パンテオンの近くで見つけたきれいなレストランは、ひっそりとしてでも味は本物でした。これだけで18ユーロ! |
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イタリア旅行ー172004年07月22日(木) 6時04分
ヴェネチア広場の一角にあるカピトリー二美術館の絵画。写真を撮ってもいいかどうか迷ったのですが、みんな撮っていました。タイトルはこれから研究します。 |
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イタリア旅行ー182004年07月22日(木) 6時08分
ローマで一番広くて豪華なヴェネチア広場の正面です。イタリア兵2人が銃を抱えてガートしています。入り口も狭くしており、警備が厳重でした。階段に座る人がいると、大声で「立って!(多分)」といわれます。その声が大きくて、見物人もみんなぎょっとします。
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イタリア旅行ー192004年07月22日(木) 6時13分
ヴェネチア広場から、緩やかな丘を越えて20分、サンタマリア・マジョーレに着きました。礼拝堂ではミサが執り行われていました。
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イタリア旅行ー20 ピサの斜塔ー1
2004年07月22日(木) 7時14分
いよいよピサの斜塔へ。大学の友人たちは(特にアメリカ人は)、「タワーがあって、ちょっと傾いてるけど、それだけよ」というので、あまり期待していませんでしたが、実際は・・・・・・、やっぱり、「傾いてなかったらきっとただのタワー」かな?? では、傾き加減を検証。まずは寺院、教会、タワーで構成される寺院の全体像から。 |
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イタリア旅行ー21 ピサの斜塔ー
22004年07月22日(木) 7時21分 近づくと、他の建物との比較で、13度とかいわれる傾斜の様子がだんだんはっきりしてきます。 イタリアはその日も晴天で、おサル電車、じゃなかった、トロッコ路面電車に乗って到着しました。2.5ユーロ。仕組まれています。 |
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イタリア旅行ー22 ピサの斜塔ー3
2004年07月22日(木) 7時25分
さらに近づきます。展望台へ登っている人も見えます。15ユーロです。私は歴史的建造物保存を考え、またリスクを避けるため遠慮しました。(実際はツアーのため時間がなくてあきらめたのでした。)
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イタリア旅行ー23 ピサの斜塔ー4
2004年07月22日(木) 7時30分
一緒にタワーの隣の教会を巡った、英国ダーラム近郊の牧師さん、ロバートブラウン氏が撮影してくれた写真です。私は、自分が垂直に立っていたことを確信しています。 |
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イタリア旅行ー24 ピサの斜塔ー5
2004年07月22日(木) 7時34分
しつこくも最後の写真。一説に「建設をはじめたその日から傾きだした」(Western Europe – Guide Book)との説もあるその基礎の部分です。近づくと斜度があまりにもはっきりし、思わず「大丈夫なのかしら」と不安になりました。泥炭質での工事の難度は理解できるとしても、設計者、施工者の責任はどうなるのでしょうか??ピサは、イタリア半島のちょうど真中、西部の海岸沿いにありますが、その西にある緒島のひとつがピノキオ物語誕生の地とかで、お土産屋さんにはピノキオグッツが並んでいました。私も耀太にマリオネットを買いました。 |
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イタリア旅行ー25
2004年07月22日(木) 7時45分
そうそう、ガリレオ、ガレリーが振り子の実験をしたという時計が教会の内部にありました。 |
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2004年07月22日(木) 7時47分
イタリア旅行最後の宿泊地、フィレンツェへ到着。今度も市内からはるか離れたひなびたところにホテルがありました。でも駅が目の前にあり、一安心。駅には人がいなく、近くのタバコ屋さんで切符を買い15分でフェレンツェ、サンタマリア、ノヴェッラ駅につきました。駅前の風景です。かなり殺風景です。前に見える教会は、サンタ・マリア・ノヴェッラ教会です。 |
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イタリア旅行ー272004年07月22日(木) 7時52分
今日はいい天気、でも明日もはれるかどうか、今度はいつ来れるかわからない旅。とりあえず記録を残しましょう。かの有名なデゥオモ(サンタ・マリア・デル・フィオ-レ大聖堂、花の聖母教会)です。白、ピンク、グリーンの大理石の幾何学模様で飾られた美しい大聖堂は、今まで見たことのない様式、色使い、光でした。ジォットのタワーとのコンビネーションも感動的です。 ロマネスク形式のサン・ジョヴァンニ洗礼堂(Baptistery)の八角形クーポラのエクステリアもきれいでした。 |
2004年07月22日(木) 8時10分
サンタ・マリア・デル・フィオ-レ大聖堂の夕暮れ。花のように美しく優雅なイタリアならではの建築物です。
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イタリア旅行ー292004年07月22日(木) 8時14分
次の朝は、気温21度。この日も晴れでした。ジォット作のベル・タワー(鐘楼)です。Campanile di Giotto フィレンツエで訪れた3つの美術館、中でもウフィツィで見たボッテチェッリの「ヴィーナスの誕生」は、その美しさに本当に釘付けになりました。ヴィーナスに左横から息を吹きかけているアダム(かな?)の構図にも今回目の前で見て初めて気づきました。 館内は撮影ができないため残念ながら日記には入れられません。 |
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イタリア旅行ー302004年07月22日(木) 8時21分
シニョーレ(Piazza della Signoria)広場の彫刻。一番人目を引く、右端の彫刻は、Giambologna作の The rape of the Sabineです。
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イタリア旅行ー312004年07月22日(木) 8時31分
ウフィツィ美術館の廊下からそっと撮影したヴェッキオ橋周辺の景色です。水のある風景は変化があって楽しいものです。ヴェッキオ橋も渡ってみましたが、お店が橋を占拠している形で、渡りながら川を見ることがない、情緒がないことおびただしいありさまでした。 |
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イタリア旅行ー322004年07月22日(木) 8時41分
フィレンツェでの残り時間も少なくなり最後の場所になりました。
サンタ・クローチェ教会です。1294年アルノルフォ・ディ・カンビオの設計に基づいて建設が始まり、1385年に本堂が完成し、最終的にファサードが出来上がったのは19世紀になってからです。フランチェスコ派の教会です。正面ファサードの半分が工事中で、美しさがちょっとだけ壊れていましたが、それでも堂々として華やかなイタリアらしい教会に思えました。 |
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イタリア旅行ー332004年07月22日(木) 8時53分
サンタ・クローチェ教会の正面が夕暮れの光に美しく輝いて見えました。 |
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イタリア旅行ー342004年07月22日(木) 8時55分
サンタ・クローチェ教会の内部。こっそり撮影!ミケランジェロやベルニーニの石棺が安置されています。
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イタリア旅行ー36 番外編ー12004年07月22日(木) 8時57分
ウフィツィ広場で見つけた小さなピザ屋さん。さくさくとした歯ごたえのピザのおいしさは、本ものでした。「10ユーロで、紅茶とフルーツも」と注文したら「いいよ」といってくれた気のいいお兄さん。そのレストランマネジャーのような陽気な人がイタリアにはいっぱいいました。
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イタリア旅行ー36 番外編ー22004年07月22日(木) 9時02分
その、ピザたちです。私の旅行必携品とともに。
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イタリア旅行ー38 番外編ー32004年07月22日(木) 9時04分
どこだったかで見た女性用トイレのドアノブ。いったいどうやって使うの? |
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今日は、英国人でなくてもテレビがある人はきっとフットボール、英国vsポルトガルの試合を見てしまうことでしょう。
ついに“ベッカム様”を差し置いて頭にクラウンをつけたルーニー人形がポルトガルのフットボールスタンドに登場しました。ユーロ2004での活躍は5-6年前のオーエンを偲ばせます。
なので、私は6月1日マンチェスターで生で見た試合の写真を取り出して、ルーニーちゃんを探してみました。「いたいた!」でも翌日の新聞では「ルーニーの選択は間違ってないか?」、「5点(ちなみに最高点はわれらが中村俊輔8点、ベッカムは6点)」とか書かれていたくらい影が薄かったのです。日本は1対1で引き分けましたが、勝ったような気分、新聞は「Oh, No!(小野の華麗なゴールで引き分けました)」だらけでした。
スタジアムの隣の席にいた小学生ぐらいの男の子は「6時間もかけて見に来たのに」と残念そうにしていました。私はヨークから2時間かけていったかいがありました。
<写真は、中村のコーナーキック>
★ 前のコマにつけた写真の画素数が足りなかったので、交替しようと工夫しましたが、まだ要領が理解できず、やむなく追加で挿入することに・・・。昨日と今日は肌寒い天気が続きます。遅い昼食は、シンガポールの女性ジナットと一緒でした。彼女の話は、長年の友人と一緒のマレーシア横断旅行の話。美しい海岸線、小さな島に豪華なホテル・・。何だか良さそう!ジナットの友人は、準備一切をジナットに任せておきながら、「ここはいきたくない」、「やっぱりここはすばらしい、私の言ったとおりでしょ。」と言ったとか。(何いってるの、わたしが選んだのを忘れたの?)」 どこの国にも同じような人種がいるらしい。
夕食は、土曜日でヒマなドイツ人のモニカも一緒におしゃべり。その話はまた今度・・・
写真右;公代さん(めがねが偏光して映っててごめんなさい)、フラットのキッチンで取りました。
★ こちらは住んでいたFlat | |
ヨ ークシャーの空 12004年06月27日(日) 18時32分
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ヨークシャーの空 22004年06月27日(日) 19時02分
青い空と可憐な雲 2004月5月 大学のキャンパスで撮影 |
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ヨークシャーの空 32004年06月27日(日) 19時03分
夕暮れ時の美しさも格別。私の、牧場に面しているに窓から撮影。 |
2004年06月27日(日) 19時05分
毎日講義を聞きに朝9時15分に部屋を出て時には急いで、時には友達と話をしながら通った道です。★ |
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大学構内 22004年06月27日(日) 19時08分
キャンパス中央にある噴水にきれいな虹がかかりました。 |
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ヨークシャーの空から2004年06月28日(月) 2時27分
この日記を始めたのも、やっと時間ができたから。 去年の7月31日、ヨークに来てからもうすぐ11ヶ月、初めての外国生活でうれしさいっぱい。生活にはすぐ慣れました。でも10月からの大学院での勉強では、”紛争後開発”コースそのものは大変興味深く、毎日興味いっぱいでしたが、学問の深さと遠さ、英語力の限界も痛感しました。6月に入り、たった数ヶ月勉強しただけで20,000語で一定水準以上の修士論文をたった数ヶ月で書くには無理と判断し、Post-graduate Diplomaコースに変更しました。今は最後の論文をほぼ書き終え、最後の仕上げに入っています。 これでやっと外の景色を楽しんだり、家族を呼んで旅行をする計画を立てたり、ほかの人と楽しく話をしたりできる時間ができました。これこそ、私の当初の目的? でも、勉強の仕方と面白さも知ることができました。 写真は、大好きになったスリランカ、プッタラム・ラグーンの夕日です。 |
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イギリスの恩人イングルさん2004年06月29日(火) 5時43分
今日、旅行の下調べをしていて、湖水地方がどこにあるのか、コッツウォルズがいったいどこにあるかも知らなかったことに気づきました。 ★ キャッスル・ハワードも“行ってみたい場所リスト”のトップに載ったまま、結局余裕がなく今日まできてしまい、来月8日やっと私の英国の後見人イングルさんに連れて行ってもらえることになりました。 イングルさんには、一昨年の入学準備から今まで、数限りなくお世話になりました 感謝をこめてここに写真を一枚。去年の夏イングルさんの自宅に招待していただいたときのものです。 |
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チャンネル4アンカーマン JON SNOW 2004年07月01日(木) 6時11分
日本に帰ったあと「また、あの英国のテレビ番組が見たい」と思うことになる番組のひとつになることでしょう。午後7時からの「Channel 4 News」。
初めはちょっと聞き取りにくかった彼の英語も、今はすっかり慣れました。ネクタイの派手さがすごい、歯切れがいい、突込みが鋭い、ちょっと斜交いの視線もかっこいい。 イギリスのテレビ番組は全体としてかなりひどい。つくりが安っぽい、中身がない、馬鹿騒ぎばかり。映画も古くて「名画」は本当にたまにしかない。もっとも、本当にいい番組は有料の「サテライトチャンネルで」ということのようです。でもジョン・スノーのニュースは◎ その分とてもすばらしいのがBBCラジオ。日本の話題も多く取り上げられています。英国人はきっと、「自分たちのことをアメリカと比べてもサイズとパワーが違いすぎて・・・。その点日本は大きさもちょうどいいし、文化的基盤も違うから闇雲の競争にはならないし。それにきっと日本人は英国が好きだし・・・。」と思っているような気がします。 |
写真はもちろんジョン・スノーです。(ニュース番組から) |
耀太ちゃんの写真です。 |
「バァバは何をしてますか?」……耀太ちゃんとの会話2004年07月02日(金) 23時29分
イギリスのこのごろの天気は変わりやすい。きれいな青空が瞬く間に曇ってシャワーがくる。気温も7月とは思えないぐらい低くなる。ウィンブルドンも今年は散々な天気に、泣かされています。代わりにジョン・マッケンローのインテリジェンスとユーモアあふれる楽しい話が聞けたり、ウィンブルドンの往年の名場面などが見られるのも、いいことです。 私も晴れ間にキッチンのごみを捨てに行き、外が気持ちいいのでぶらぶらして、ついでに東京へ電話したら、耀太チャンも出て、「何してるんですか?」と丁寧語で私に話しかけてきました。遠くから電話しているのがちゃんとわかって、いちょっときまりが悪くて、そんな話し方になりました。なんてかわいらしい。 |
マリア・シャラポヴァ2004年07月03日(土) 20時57分
The star was born. 今日のセンセーション。数日前からのムードが本物になり、シベリア生まれの17歳の美少女がウィンブルドンを制しました。その思い切りの良い鋭いショットは本当に見ごたえがありました。 なんといっても美しくって見とれる。イギリスのテレビは、なんというか抑制が効いているというのか「きれい」とか、「かわいい」とか一言も言いません。BBCの昨日の記事にさりげなく「ただの”美少女”ではない」と書いてあっただけでした。 あどけない少女がこれからどんな風に成長するのか、みんなが心配しながら注目しています。 |
写真はマリア。 |
ヨークの魅力(1)タワー、城壁、遺跡2004年07月05日(月) 6時25分
なんといっても、クリフォードタワーが一番。 |
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ヨークの魅力(2)タワー、城壁、遺跡2004年07月05日(月) 6時29分
歴史博物館の庭にあるタワー |
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ヨークの魅力(3)タワー、城壁、遺跡2004年07月05日(月) 6時30分
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ヨークの魅力(4)タワー、城壁、遺跡2004年07月05日(月) 6時31分
市内を囲む城壁は、高い場所から景色を見ながら、過去の歴史をしのび、かつ運動不足解消もできる最高の散歩道です。 |
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ヨークの魅力(5)大聖堂、教会2004年07月05日(月) 6時34分
何といってもヨークミンスターの圧倒的な存在感は他の追随を許しません。 |
GTT Outing
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フィッシャー=ディースカウ亡き後「冬の旅」を歌う人を探していました。
2014年にYCUで聴講し始めた音楽講座でIan BostridgeのVideoを観る機会がありました。やや細く鋭いテノールがIanさんの若々しく美しい容貌ともマッチしてとてもすばらしい映像でした。それ以来Ianさんの音楽を聞いたり、文章を読んだりしていました。
photo from his FaceBook
コンサートのあとにサイン会があり「来る人は指揮者のDaniel Harding とIan Bostridgeさんです」とのこと。何という幸運。遠くの人が急に目の前の人となり、たった一言ですがことばを交わすことができました!
いただいたサイン
“I was so impressed, thank you (me)” “Thank you!”(Ian) |
イギリスの新聞FTにも「街を歩く誰よりも背が高い」と書いてあったけど、サイン会に歩いてくるときも、前を歩く指揮者に足がひっかかりそうになっていました。(私の目での計測では195cm?? Fischer-Dieskauさんも2mぐらいあったみたいです。)
サイン会では日本式の低い椅子に窮屈そうに座っていました。
★YouTubeにある若き日のIan Bostridge「冬の旅」映像
「おやすみ」
「春の夢」
(前回のFacebook記事はこちら)
(Ian についての2011FT記事Heart and headも面白い。)
「どこかに好い英語クラスはないかしら?」とずっと探し求めていました。
解決方法は、何と「自分たちで作ればよい・・・」でした。
というわけで多少紆余曲折はありましたが素敵なクラスが始まりました。
場所は、何と我が家です。
楽しみです。ウェブサイトも開設しました。こちらです。
★ 名称はMEDC(Mike’s English Discussion Class) です。
先生と一緒に英語で(自在に!?)ディスカッションができるレベルを目指します。
★ メンバーは> 5-6人で固定し、内容充実を図ります。
とっても楽しみです。
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