“絵画、音楽、映画、読書、部屋、料理、服装、レジャー、スポーツ、友人、しぐさ、意見、結婚…。毎日の暮らしの理屈ではない行為の中の見えない権力・階級化原理を独自の概念で鋭く緻密に分析する今世紀人文・社会科学、最高の成果。”(出版社のコメント)
「ブルデューはあなただ」! 現代文化社会学の到達点としての出発点。ここには社会学的想像力の経験的な結晶が詰まっている。」という人あれば、「本書は、フランスにおける階層の「Distinction」=ディスタンクシオン、すなわち「階層差異」あるいは「階層差別」を明らかにした社会学の名著であるとされる。識者によるとディスタンクシオンとは「区別」と訳されることが多いとされているけれど、ここではあえて「差別」という日本語を充てるのが適切だろうと思う。なぜなら、プルデューは明らかに自分が属する文化帰属階級が、そうではないプチブルや庶民階級とは相容れないことをはっきりと言明しているからである。文化貴族階級の血肉化された文化資本との余りにも大きな乖離を自覚した庶民階級が、それを克服しようと高等教育機関に進学し、文化を学習しようとする意図そのものが、すでにして超えることのできない文化資本の差異の存在を示すものとして提示されている。その底意としてあるものは文化貴族階級特有の視線ではないか。フランスにおいては文化差異=ディスタンクシオンが抜きがたく所与のものとして社会構造化されていて、庶民は文化貴族階級から完全に疎外されている。」という人あり。
日本大百科全書(ニッポニカ)の解説
社会学者ピエール・ブルデューが提示した概念、用語。ディスタンクシオンとは、フランス語の動詞ディスタンゲdistinguerの名詞形。ディスタンゲは区別する、識別する、特別扱いする、代名動詞として使われた場合は、識別される、際立つ、卓越する等の意味になる。したがって、ディスタンクシオンとは、区別、差別、栄誉・勲章・受勲、さらには(身分が高いという意味での)上品さという意味ももつ。また、ブルデューの著作『ディスタンクシオン』La distinction(1979)では、これらの意味の多義性が概念に広がりを与えているが、その最も中心的な意味は、差別化、差異化あるいは区別立て(以上の意味を包含する訳語として邦訳書では「卓越化」という語が用いられている)等の語で表現される。すなわち他者に対して自己を差異化し、区別立てすることによって、個人または集団が自己規定すること、そして社会的な存在としての自己の承認を得ようとすること、あるいは自己を維持する、つまり自己と他者の境界を維持しようとすること、これらが、ディスタンクシオンという概念によって示されている。
このような概念を軸とする分析を展開した『ディスタンクシオン』は、著者の生活様式や趣味に関する文化社会学的研究と教育社会学的研究を集大成し、社会階層研究に、文化資本(人々が所有する文化的な財や能力を、蓄積、投資、増殖、相続の可能な一つの資本として分析するための概念)による階層の差異化、序列化の論理の分析と、趣味という領域を階級の再生産の戦略と関わらせる分析を導入した。絵画や音楽などの芸術から料理や家具調度にいたるまで、支配階級の趣味が、正統な趣味として押しつけられ、被支配階級の趣味は正統趣味との関係で劣等な位置におかれてしまう。学校教育制度は、学校固有の論理に従い文化の内容を評価し序列化することによって、文化的な支配秩序に対して相対的な自律性を主張するが、他方で、同一の文化についてその獲得様式における差異を際立たせることによって、支配階級の趣味の正統化にも貢献する。文化の獲得様式の差とは、例えば楽器を演奏する能力や、芸術を鑑賞するための素養などについて、家庭環境を通じて獲得される、あたかも生まれつき「自然に」身についたかのような文化と、学校教育のなかで努力によって身につけた文化の差異である。学校においても通常は前者が賞揚される。
被支配者の側も、社会空間のなかでのそれぞれの客観的な位置に応じて、さまざまな戦略を取る。被支配者が、支配的な趣味の定義を部分的に利用し、再解釈することによって自らの趣味に価値付与しようとすることがある。被支配者のこのような戦略に対して、それを無効化させようとする戦略を支配者が取ることもある。自らを卓越化しようとして人々が相互に闘争する、このような象徴闘争を媒介として、経済資本と文化資本によって序列化された差異の空間としての社会空間の構造にも、不断に変動がもたらされるのである。
以上のような分析は、社会階級、職業階層などの地位の変動や新たな職業カテゴリーの形成とその地位の向上、あるいは芸術文化のさまざまなジャンルやサブカルチャーの分析など多方面に展開できる。『ディスタンクシオン』は、経済還元主義的なマルクス主義の階級分析や、支配をめぐる諸集団間の象徴闘争を考慮しない機能主義などの階層論、あるいは差異を単なる表層的な記号としてしか分析しない消費社会論などを乗り越えようとした。そして、カルチュラル・スタディーズをはじめとして、社会階層研究や、教育社会学、文化研究、メディア研究等の多くの領域に影響を与えている。[櫻本陽一]
『ピエール・ブルデュー著、石井洋二郎訳『ディスタンクシオン』1、2(1990・藤原書店)』▽『石井洋二郎著『差異と欲望』(1993・藤原書店)』▽『吉見俊哉編『カルチュラルスタディーズ』(2001・講談社)』[参照項目] | カルチュラル・スタディーズ | ブルデュー 出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例